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さもないことと家族

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その2

ふつうの家庭
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-今はそれぞれ料理家として活躍されているおふたりですが、
そもそも栗原家はどんなご家族だったのでしょう。
心平
特別だと思われることもあるのですが、僕にとっては本当にふつうの家庭ですよ。ふつうの母です(笑)。
はるみ
私は子育てと家事を一生懸命やっているだけで幸せ、という主婦でした。料理するのが楽しくて、おいしいと言ってもらえればうれしくって。料理が仕事になるなんて、夢にも思いませんでした。今もその気持ちは変わっていません。
-はるみさんが料理の仕事を始めたのは、
心平さんが幼稚園の頃だったとか。
はるみ
そうです。料理が好きな専業主婦だったのに、テレビの料理番組で裏方の仕事を頼まれたのがきっかけ。当時は横浜の日吉に住んでいて、心平は電車に乗って幼稚園に通っていました。収録があると迎えに行けなくて、ひとりで帰ったこともあったよね。
心平
途中の駅までは友達のお母さんと一緒に乗って、そこからはひとり。なんか楽しかった記憶があるけどなぁ~。
はるみ
ご近所さんから、まだ心平くんが帰ってこないなんて電話がくると、本当に心配で。そしたら本屋で立ち読みしてたって?
心平
してない、絶対立ち読みしてないって!
はるみ
してた、マンガ読んでた(笑)。その頃は友(心平さんの姉)も小学生で、ふたりに寂しい思いをさせているんじゃないかと、いつも心配でした。子どもやまわりの人たちの協力があったからこそ、今の自分があるんだと思う。
心平
隣の家によく遊びに行って、みんなにかわいがってもらったのは、よく覚えてるよ。
はるみ
魚屋さん、八百屋さん、電気屋さん…み~んないい人ばかりで、今でもずっと仲よし。私にとって日吉の町は、自分の人生でいちばん楽しかった所。
-心平さんは幼いときから料理が好きでしたか。
はるみ
心平は小さい頃からまめで、4歳くらいかな、りんごをすってガーゼで絞ってジュースを作ってくれたり、ね。
心平
日曜日の朝ごはん作ったのは、小学生のときだよね。
はるみ
そうね、心平がサンデーブランチの料理担当。うちの主人(玲児さん)はおしゃれな人で、南側の庭に花壇や砂場、バーベキューセットとかも全部造ってくれたの。よく週末になると、庭でサンデーブランチを楽しんだよね。
心平
キャベツのバター炒めとハムエッグとか、それにトースト。小学生だから簡単なものばかりだったけど。父親がおばあちゃんから習ったアイスティーをいれて、庭のミントを摘んでのせるみたいな。なんか洒落てるね~、うちは(笑)。
はるみ
義理の母は明治生まれで、とてもハイカラな人。初めてお会いしたときに、アイスティーをごちそうになったの。下田の実家は純和風で、両親が日本茶しか飲まなかったから、私はコーヒーも紅茶もあまり飲んだことがなかった。結婚してからお義母さんにアイスティーのいれ方も習ったりね。キャンドルや香水が好きなのも、お義母さんの影響。洋風の暮らしで育った主人と私、全然違うふたりから、子どもたちはいろいろな暮らしの楽しさを知ったのかも。
心平
父親も料理上手だし食いしん坊、とにかくうちはごはんの時間がメチャメチャ長かったよね。今日はカレーだよって言っても、つまみとかサラダとか5品くらい食べて飲んで、それから最後にカレー(笑)。
はるみ
カレーとサラダだけ、みたいな日はないものね。和洋折衷のいろいろなおかずが並ぶのが、うちのスタイル。大変といえば大変だったけど、そのおかげでメニューが広がった。『ごちそうさまが、ききたくて。』は、そんな毎日のごはんから生まれた本よ。
心平
そういえば、父親はステーキが好きで、僕が小学生の頃、毎晩のようにミニッツステーキ焼いてあげてた。
はるみ
おつまみにちょっと食べる感じよね。子どもたちもひと口もらって食べて。
心平
それがうまいんだよね。それから、ウイスキーとアイスペールとグラスの水割りセットか、焼酎のセットも用意してた。注文されて、はい!みたいな(笑)。
はるみ
私も実家では、いつも父の晩酌の用意をしてた。ちょっと大人になった気がしてうれしいものよね。
心平
「やるなら気持ちよくやる」が、父親の口癖だったからね。僕も父親になって、今はその気持ちがわかるな。
(つづく)

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